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ある慢性疼痛経験者との対話から生まれた心理療法論

執筆者の写真: Mie SUDO
Mie SUDO
8月11日
読了時間: 10分

更新日:9月7日

深海で互いに合図を交わし、光の差す水面へ向かう二人のダイバー。心理療法の「ダイブ・バディ」を表したイラスト
深海で互いに合図を交わし、光の差す水面へ向かう二人のダイバー。心理療法の「ダイブ・バディ」を表現(生成AIにて作成)

心理療法と「痛みのコンパス」


心理療法の世界には、クライエントの「中核にある痛み(コアペイン)」を特定するための羅針盤として、「痛みのコンパス」という言葉があります。この言葉は、エモーション・フォーカスト・セラピー(感情焦点化療法:以下EFTと略します)で使われています。


EFTは、カナダ・ヨーク大学のレスリー・グリーンバーグ博士らが、心理療法のプロセス研究を通して発展させた、人間性心理学に基づく統合的なアプローチです。カール・ロジャーズのパーソン・センタード・アプローチや、ジェンドリンのフォーカシング、ゲシュタルト療法の二つの椅子の対話などを背景に、感情科学や愛着理論の知見も取り込みながら進化してきました。ポエツリーもこの方法を基盤とし、関係構築や介入方法を大切にしています。


しかし、EFTのテキストを読み進める中で、私は「中核にある痛み(コアペイン)」や「痛みのコンパス」という言葉に、居心地の悪さと恐怖を感じていました。痛みを感じることは誰でも怖いものです。できれば避けたいと思うのが自然です。EFTセラピストは、そこを見つけて触れられれば、その先に変容があると喜ぶのですが、実際どうなのでしょうか?


通常、私たちが日常で使うコンパスの針は常に「北」を指しています。もしセラピストがそんな道具を手に私の前に座っていたら、私の心の最も痛む場所、すなわち「深海」を執拗に指し続けることになります。それは痛みの底に引きずり込まれるような恐怖を感じさせます。このような冷徹な響きが「コンパス」という言葉に伴うものでした。


私自身の慢性疼痛の経験が、この違和感をさらに強めていました。かつて私を苦しめた激しい痛みは、カウンセリングを重ねても改善せず、最終的にはマグネシウムの摂取や感覚統合といった物理的・神経学的なアプローチによって劇的に改善しました。ただし、同時に感覚運動統合などの心理的アプローチも組み合わせました。この生々しい体験から私が学んだのは、人間の抱える「痛み」には、言葉や人間関係のレベルでアプローチすべき「心理的苦痛」と、細胞や脳のハードウェアのバグに起因する「生物学的痛み」が存在するということです。これらは互いに影響し合いますが、身体の痛みを心理的な傷だけに還元したり、逆に心理的苦痛を身体だけの問題として扱ったりしてはいけません。


※これは筆者個人の経験であり、慢性疼痛一般に同じ方法が有効であることを示すものではありません。痛みの評価や治療については医療機関にご相談ください。


心理療法の限界とその影響


もし物理的なアプローチが必要な身体に対して、「それは心理的な傷がカモフラージュされたものだ」と心理療法の理論だけを無理に当てはめようとすれば、それは良き変化への最短ルートを装った「有害なう回路」になる可能性があります。クライエントをさらに迷子にさせる迷い道になりかねません。


すでに感情調節がうまくいかない状態でやってくるクライエントに対して、セラピストが「〇〇か△△の傷に違いない」という先入観を頑なに崩さなければ、それはさらに大きな傷をつけることにもなりかねません。必要な医療や支援への機会さえ見失ってしまうこともあります。


EFTは、きわめてプロセス志向の心理療法です。常にクライエントの瞬時の変化を追う方法をとります。理論やセラピストの見立てでトップダウンに組み立てられるものではなく、常にクライエントの今ここでのプロセスでセラピストの見立てを修正していきます。それでも、心理療法が万能ではないという限界と死角を支援者は誠実に認める必要があります。


過去の経験と心理的苦痛


では、過去の身体虐待や暴力を受けた経験、または自傷行為のように、物理的な痛みと心理的な苦痛が強く絡み合っているケースには、どう向き合うべきなのでしょうか。エモーション・フォーカスト・セラピー(EFT)などの現代的なアプローチでは、理屈で考え方を変えようとするのではなく、新しい感情経験によって、古い記憶に新しい感情経験と意味を結び直していくことを重視します。


例えば、過去の苦痛を伴う経験から心を守ろうとした結果、自らの心を押し潰し、自分を責め立てる状態を「中核的な羞恥心」とEFTでは捉えます。


EFTにおける中核的な羞恥心とは、単なる「1つの感情」ではなく、「過去の傷によって、心が完全に押し潰されて固まってしまった状態(複雑な感情の塊)」です。イメージしやすくするために、心の中で起きていることを「バネ(スプリング)」に例えてみましょう。


虐待や理不尽な攻撃を受けたとき:


心の中には、本来「ふざけるな!(怒り)」や「傷ついて辛い(悲しみ)」という、自分を守るための健康なバネの反発力が生まれます。


しかし、圧倒的な力で踏みつけられると:


逃げることも戦うこともできないため、バネは限界までギュッと押し潰され、身動きが取れなくなります。この「バネが完全に押し潰され、外を攻撃できない代わりに、自分を全否定して縮こまっている状態」の正体こそが、中核的な羞恥心です。


穴があったら入りたい、自分なんて存在しない方がいい、姿を消してしまいたい、そんな気持ちが羞恥心の表現として言葉になることが多いです。

恥の意識は、外側よりも自分の内側に向かって開くので、自己自身の問題に帰属されがちですが、実はそうではありません。太刀打ちできない大きな力に遭遇した経験が影響しているのです。


EFTでは、安全な「今ここ」の関係性の中で一度十分にそうした体験をゆっくりと再生し、その裏に隠された「健康な怒り」や「自分をいたわる悲しみ」を呼び覚ますことで、古い記憶の回路を上書きしていきます。


心の再生プロセス


出来事が発生した時の隠された「健康な怒り」や「自分をいたわる悲しみ」、これは主要で、その出来事を乗り越えて生存することに欠かせない感情であり、これをEFTでは一次感情と呼びます。その感情のプロセスがしっかりと経験し、完了することで、私は生き延びて安全な今を生きているのだ、と実感することができます。そのために、EFTではこの一次感情を探しに、「深海」に潜ります。


一次感情に到達するにはその痛みを指針にするのが効率的である、

それはわかるんだけど……安心がほしい、と思うのは自然な気持ちです。


私は、上記のような複雑な気持ちを持ちながら、このダイナミックな心の再生プロセスを今一度思い浮かべたとき、「ダイブコンピュータ」というのはどうだろう?と思いつきました。「ダイブコンピュータ」は、通称ダイコンなどと言われ、ダイビングをするときに水深や潜水時間を測り、減圧症を防ぐ機械です。腕時計のように身に着けて、ダイビングプランをコントロールするのに活用します。


「ダイブコンピュータ」。過去に体験した痛みが眠る深海に潜る、その内側に留まる時間を管理し、急浮上による心の減圧症(再トラウマ化)を防ぐ計器としてのセラピストです。


なるほど、これなら「北(痛み)しか向かないコンパス」よりはずっと安全かもしれない。


しかし、EFTをはじめとするヒューマニスティックなアプローチは、人間を「機械」ではなく、自ら成長する生命力を持った「有機体(オーガニズム)」として見ています。セラピストもその人間のひとりとして、クライエントの前に現れるのです。ですから、そこに「コンピュータ」という無機質な比喩を持ってくるのは、安全管理のイメージは湧くものの、人間の生命力や温かさが消えてしまい、どこか冷たい感じがしてしっくりこないな、と感じました。


では、何が良いのでしょうか?

うーん…

言語のかけ合わせの天才である生成AIにも相談してみました。


挙げてくれたのは次の3つの候補:


■ 候補①:ダイブ・バディ(Dive Buddy)


ダイビングでは、安全のために必ず2人1組で海に潜ります。その相棒のことを「バディ」と呼びます。


  • 有機体としての意味: セラピストは機械(計器)ではなく、同じ海を泳ぐ生身の人間(バディ)です。お互いにサインを送り合い、「今、深く潜りすぎて苦しくないか?」「あっちに綺麗な魚(新しい感情)がいるよ」と声をかけ、一緒に安全に水面へ戻る存在です。


  • ヒューマニスティックな視点: カウンセリングの「共同構成(一緒に作る関係)」という対等な温かさに最もフィットする名前です。



■ 候補②:ディープ・エコロケーション(Deep Echolocation / イルカのソナー)


イルカやクジラが、暗い深海でも音波(ソナー)を放って、周りの地形や仲間の位置を正確にキャッチする生物としての特殊な感覚(エコロケーション)です。


  • 有機体としての意味: 機械のコンピュータではなく、イルカという愛すべき「生命(有機体)」が持つ、驚異的な身体能力のイメージです。


  • ヒューマニスティックな視点: セラピストは、あなたの声の震えや身体の微細なサイン(マイクロマーカー)に共鳴し、暗い深海のどこに「痛み」があり、どこに「浮上のルート」があるのかを、生き物としての五感をフルに使って感知(アチューンメント)しているので、これもとても良いアイデアです。ただし、少し長いかもしれません。



■ 候補③:ダイブ・シェル(Dive Shell / 生きている貝のゲージ)


深海の過酷な水圧(苦痛)から、中の柔らかい命(中核のニーズ)をそっと守り、タイミングが来たらフッと開いて真珠(新しい意味)を見せてくれるような、神秘的な海の生き物の殻のイメージです。


  • 有機体としての意味: 水圧を測る機械の代わりに、水圧や海の環境をそのまま体で感じて適応している、生きた自然のシンボルです。



生成AIもなかなか良い候補を提供してくれました。

あなたにはどれがフィットしましたか?


私はとりあえずは、「ダイブ・バディ(Dive Buddy)」が良いな、という結論に達しました。動物的な感覚もフル装備していますが、やはり人と人なのです。


高名なEFT理論家の方々に何と言われるかわかりませんが、感情の海という喩えがレクチャーで使われているし、クライエントとの関係性をとても大切にしているので、良いのではないかと思います。ここは、ポエツリーのカウンセラーである私の臨床ワードとしてこっそりと持っておこうと思います。


あなたは、あなた自身のセラピストとの関係性の表現を持っていて大丈夫です。



ここでは、仮にその関係性を「ダイブ・バディ(Dive Buddy)」とすると:


あなたの声の震えや身体の微細なサイン(マイクロマーカー)に、「ダイブ・バディ(Dive Buddy)」であるセラピストは応答します。またクライエントも「ダイブ・バディ(Dive Buddy)」であるセラピストに応答しています。私たちは生き物としての五感で共鳴し、暗い深海のどこに「痛み」があり、どこに「浮上のルート」があるのかをナビゲートしあいます。それは、同じ有機体としての「共同構築(信頼し合う関係)」の温かさに基づいています。


そうして私は、「痛みコンパス」の恐怖を乗り越え、「ダイブコンピュータ」の無機質さを超えて、私たちは「ダイブ・バディ」という生きた関係性に到達しました。深海の謎(中核の痛み)を恐れずに共に潜り、手を携えて、最後は新しい力と意味を手に入れて、まばゆい水上の世界へと安全に浮上していくことができるのです。


少しイメージが華美すぎるでしょうか。

安定した日常生活というのは、もっと簡素で地味なものかもしれませんが、

それを支える冒険をここで一緒にしてみませんか?


このような大冒険に、ひとりで入る必要はありません。ポエツリーでは、痛みに急いで意味を与えたり、深く潜ることを急いだりせず、安心して感じられること、共に味わうこと、そして自分の中で腑に落ちていくことを大切にしています。


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